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犬を外に出す

  • Writer: Ed Delph
    Ed Delph
  • Sep 18, 2021
  • 6 min read

私の話し手としてそして書き手としての最も難しいことは、人々が私を専門家だと一部の人が思っていることです。私も含めて多くの専門家はひとつの分野の学位や資格を温度計のように沢山持っていますが、それは私たちを全てのことの専門家にするものではないのです。専門家にとっては、報道機関を信用させることは簡単です。その結果、専門家は自分が私たちの人生の上に何か素晴らしい計画があるかのように感じてしまうのです。しかしながら、多くの専門家は全てが明らかになると「一発屋」になってしまうのです。このお話を考えてみましょう。

昔、ある羊飼いがワイオミングの田舎の道を行った奥で羊の番をしていました。真新しいランドローバーが彼の横に大きな音を立てて止まりました。その運転手は、若い男で、高そうなスーツとネクタイに身を包み、デザイナーシューズを履き、グッチのサングラスをかけ、ロレックスの腕時計を身につけ、車から飛び降りて、羊飼いに尋ねました。「もし私があなたの羊の数を言い当てたら、一頭を僕にくれるかい?」羊飼いは若い男を見つめ、そして牧草地に広がっている羊の群れを見つめていった。「OK」


若い男は自分の車を止め、ノートパソコンをワイヤレスモデムにつなぎ、NASAのサイトに入り、土地を衛星画像とGPSでスキャンした。そしてデータベースと、アルゴリズムだらけの60ほどのExcel表をあけ、そして150ページほどの報告書を彼のハイテクプリンタで印刷した。そして彼は羊飼いの方を振り向いて言った。「あなたは1586頭の羊をここに飼っている。」羊飼いは言った。「すごい。正しいよ。羊を一頭、持って行っていいよ。」若い男は、羊を一頭とり、車の後ろに乗せた。


彼が車で帰ろうと用意していると羊飼いは彼を見て尋ねた。「今度は私があなたが何の専門家なのかを言い当てるから、当たったら同じように払い戻してくれるかい?」「もちろん」その男は答えた。「あなたはコンサルタントだ」「その通り! どうしてわかった?」若い男は聞いた。「とても簡単。第一に、あなたは招かれてもいないのにここに来た。第二に、私がすでに知っていることを、言うことに対して料金を請求した。第三に、私の仕事について何も知らない。だから、私の羊を返してほしい。」


その羊飼いが、古い手で話を煙に巻いて言いくるめようとした専門家の話を真に受けなかったことに目を留めてください。何故でしょうか? 彼は、その時に躍り出てきて脚光を浴びるコンサルタントとは、結局は言い放題でやりっぱなしだということを知っていたのです。実際の成果以上のことを言うだけなのです。その羊飼いは自分の思考に頼っていたのであり、印象には頼っていなかったのです。その素晴らしいプレゼンは、素晴らしいプレゼンだからという理由で羊飼いを呪縛しませんでした。何か素晴らしく見えるからと言って、それが真実とは限らないのです。Charles Spurgeonは「分別とは正しいことと、おおむね正しいことの違いを知ることだ。」


あるネイティブアメリカンの老人が、自分の周りに起こることを見たり感じたりすることで心の内面に生じる葛藤についてこう述べました。「私の内側には二匹の犬がいる。一匹の犬は悪で意地悪。もう一匹の犬は善。意地悪な犬はいつも善の犬と戦っている。」どちらの犬が勝つのかと尋ねたら、彼はしばらく向こうを見て、こう答えた。「私がえさを多く与えた方さ」


今週のお話のタイトルをもう一度見てください。二匹の犬の話を始めました。そして第三の犬の話がこの中に加わります。こう問いかける歌を思い出してください。「誰が犬を放した?」私はネイティブアメリカンの老人と同じ思いです。私たちはもっとも餌を与えた方の犬を放し飼いにするのです。それは建設的にも、破壊的にも、自分自身と周囲の人々に影響するのです。


そして数多くのパワフルな心の中の声が自分に影響を与えて、破壊的な犬に餌をやろうとするのです。ある賢い男はこう言いました。「誰を自分の船に乗せるかよく注意しろ。なぜなら、ある人々は単に自分が船長になれないからという理由で、船全部を沈めようとするからだ。」Ralph Waldo Emersonはこう言いました。「自分が矛盾した人物だと思ってしまった時、意地悪な犬に常に追いかけられている夢を見る泥棒のような状態に陥らせないようにしましょう。」人に心を閉ざすのではなく、人から教えてもらえるようになりましょう。自分の中の良い犬は肉を噛んで食べ、骨を外に吐き出すのです。自分には毒の性質もあることを受け入れましょう。悪いのは常に他人なわけでもないのです。


このカオスの時代に少しばかりの静かさを求めていますか? 良い犬に餌をやることから始めましょう。昔からこう言われています。「私はグラスが半分からだとか、半分満ちているとかは気にしない。私はそのグラスをどうやっていっぱいにするかにだけ興味がある。」私はこれが好きです。誇れる、真実に満ちた、良い志を持った良い人々を周りに持つとき、自分は違った形に成長していくのです。


良い犬は、自分の人生を正しい方向に導く個人的な憲法のようなものです。それは自分の一部であり、希望、他人への奉仕、忍耐、正直さ、忠実さ、そして他の価値ある原理原則へと導くものです。それはそれは私たち全員の中に創られている神の性質なのです。神にそれを自分に解き明かさせ、そして自分を通して他人へと伝えていきましょう。


意地悪な犬は全てキャンセルだ!というのです。それは真実ではありえないのです。太陽はキャンセルできません。春はキャンセルできません。愛はキャンセルできません。関係はキャンセルできません。読書はキャンセルできません。昼寝はキャンセルできません。デボーションはキャンセルできません。音楽はキャンセルできません。ダンスはキャンセルできません。空想はキャンセルできません。親切はキャンセルできません。会話はキャンセルできません。希望はキャンセルできません。真実はキャンセルできません。キャンセルカルチャー、FOMO(Fear of Missing Out、取り残されることが不安でSNSを頻繁にチェックすること)、あるいはその他のSNS依存或いはSNSの影響は自分の中の良い犬を餓えさせていくのです。


こう考えましょう。自分のひどい仕事は、失業者達から見たら夢の世界なのです。自分の家は、全てのホームレスの夢に近いのです。自分の笑顔は、落胆した人々から見たら夢なのです。自分の健康は、長年病気を患っている人から見たら夢なのです。自分のライフスタイルは、誰かの夢だったりするのです。ですから、困難な時によって自分の持っている祝福を忘れさせないようにしましよう。他人と同じように考えないようにするのです。自分の賜物の中で何かを成していくとき、自分はテーブルの上席に座っている必要はないのです。自分がどこに座っていようが、立っていようが、テーブルと部屋は自分の方へと動いてくるのです。


もし心の中の良い犬に餌を与えていないなら、誰も自分を助けることはできなくなります。しかし、自分が心の中の良い犬に餌を与えることを望むなら、誰一人として、何事さえもそれを止めることはできないのです。私たちは犬を中に入れたり、外に出したりするのです。それは私たちの選択なのです。忘れないでください。自分の目の前に立つ巨人は、自分の中に住む神よりも絶対に大きいことはあり得ないのです。


ですから、次に招待もしていないのに、いろいろと派手に見せびらかす評論家が自分のところに来て、自分が知っていることに対しておかしいと言ったらちゃんと見分けて、自分の良い犬を取り戻しておくのです。

エド・デルフ/Ed Delph September 20, 2021. CCC


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