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犬が尻尾を吠えて追いかけるとき

  • Writer: Ed Delph
    Ed Delph
  • Jul 16, 2022
  • 6 min read

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次の体験談は作家で講演家のTy Bennettの体験です。Benettがこの短い体験談の中で語っていることは、自分が言ったことを実行に移す人の人生を高める原理です。


「皆さんが今まで受けた最高のアドバイスは何でしょうか? 例えば、あるコーチがこう言いました。「ここであなたがやめたら、失敗する。」友人のこう言う言葉かもしれません。「Noといってもいいんだよ。」あるいは多分、きれいな下着を着なさいと言ってくれた母親かもしれません。

どんな場合でも、適切な人の適切なタイミングでのアドバイスは私たちの視点を時として変えるのです。それは私がDr. Stephen Coveyと始めて会ったときに起きたのです。最初、彼が私に与えたアドバイスは細かかったのですが、しかし彼のアドバイスきほとんどすべてのことに当てはまり、私の思考を形作りました。


Stephen Coveyが私が本を書いていると知った時、彼はこう言いました。「自分の読者のためにその本を書いていることを確かにしろ。決して作者のためではない。」すこし踏み込みましょう。それは作家や講演者のための素晴らしいアドバイスです。私は、自身の4っつの著書を書いた時、そのことを時々思いめぐらしました。


しかしその思いは、それが自分の思考についてのものだと考えた時、さらに当てはまる範囲が広がりました。それは自分のことではなく、読者のことなのだ。


インフルエンサーの焦点は常に聴衆にあります。もしあなたが講演者なら、それは自分に耳を向けている人のことなのです。もしあなたが販売をしているなら、それはお客や見込みのことなのです。もしあなたがリーダーなら、それはあなたが導いている人々のことなのです。もしあなたが先生なら、それはあなたの生徒のことなのです。あなたが親なら、それはあなたの子供のことなのです。


ほとんどのインフルエンサーはこの逆の考え方を持っています。彼らはインフルエンスであるということは、自身が研ぎ澄まされ力強くないといけないと考えるのです。しかし、インフルエンスであるということは、聴衆が全てなのです。一人または千人の聴衆であるべきなのです。それが彼らについてだと理解した時、彼らの目の中で自分たちが成長しはじめるのです。


おびただしい数の変化が外側について考えることで起きるのであり、内側について考えることでは起きないのです。自分ではなく他人に集中するのです。内向きから外向きに変わるのです。受け取る人から与える人へ、自己中心から他人中心へ、ケチから寛大なひとへ、近視眼的な思考から遠くを見つめる思考へ、自分勝手から自分を無にすることへと変わるのです。私たちは、自分自身の必要に代えて他人の必要を見つめて行動し始めるのです。私たちの思いは、「自分」の代わりに、より多くの「私たち」へと変化するのです。


これがStephen Coveyが、簡単なアドバイスのひとかけらに見えるものを持って教えてくれたものです。「自分は読み手のための本を書くのであり、書き手のための本を書くのではない。」


昨年の10月、Primus Universityにて毎年開催される会議にて講演する特権にあずかりました。私は大学の学生のために「どうやって自分の最後の本にならない最初の本を書くのか」というタイトルのクラスを設けました。私が説明した最初の思いは以下のようなものです。


人々は自分のために本を買うのであり、あなたのためではないのです。彼らはお客さんなのです。あなたが製品を供給するのです。本を書くということは、コミュニケーションをとるのであり、人々の人生に価値を付け加えるのです。聞き手とメッセージを通してつながりましょう。決して自分の超ウルトラ級に素晴らしい知識を見せびらかしたり説教しないでください。それに代えて、自身と人々との一体感を目指すのです。自問してみましょう。『私は自分の読み手と意思疎通しているか、心から、思考から、魂から。』」


変化はコミュニケーションから始まります。信じようが信じまいが、私は皆さん読み手の方々のことを毎週書くときに考えているのです。私の望みは皆さんが立ち上がることであり、上へと昇り続けることです。


私の書くことに対する思いはTy Bennettの思いと同じです。皆さんは他人を助けることで自分を助けているのです。他人に仕えることを通して自分に仕えているのです。自分の目的のために他人を使うということは、著述家、講演者、教育者あるいは公の奉仕者として、自分の尻尾に吠える犬でしかないのです。彼らがあなたを変えたいと思っているなら、あなたは彼らを変えることはできないのです。


ヨハネ17:26ではイエスが父のために祈っています。「・・・そして、わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。・・・」ここにイエスが言っていたことをもう一度書き改めさせてください。「父よ、私は自分を知らしめるために来たのではありません。私はあなたを知らしめるために来たのです。私のことではありません。あなたのことなのです。私は自分に仕えるのではなく、あなたに仕えるのです。」


ローマ人の手紙1:1においては、パウロはローマの教会に宛ててこう述べています。「神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、」パウロは使徒である前に、まずはキリストのしもべであり他人への奉仕者であると述べているのです。私たちの文化の中では、多くの場合、肩書や会社の名前に隠れ、第一に自分のためと自分に仕えてほしいという目的のため、奉仕することは二の次として、人々は担ぎ出され、雇われ、任命され、召されているのです。これはすべての人にとってLose-Loseなのです。


ある人は最近この考え方をキリスト教会のためにFacebookに掲載しました。イエスはこう言っているのです。「よくやった、私の良き忠実な牧師、司祭、伝道者、使徒、説教者、博士、宣教師、教師、歌い手、賛美リーダー、奉仕者たちよ。リーダーという言葉は聖書に6回出てきます。奉仕者という言葉は聖書に900回出てきます。これ以上質問がありますか?


皆さんは、自分の肩書や下心にどっぷりとつかった文化のインフルエンサーたちについて言うこともできます。「よくやった大統領、副大統領、上院議員、代表者、学長、教授、知事、検事総長、CEO、新聞発行者、巨大IT企業のオーナー、バスケットボール選手たち、学校の先生、歌手、活動家、歌姫・・・・奉仕者たち。真実を持って奉仕する以外のことは、奉仕者にとっては自分の尻尾を追いかけて吠える犬と一緒なのです。そしてそれが国際的であろうがなかろうが、人々の価値を下げているのです。


残念なことに真実である現実がここにあります。多くの人は自分の人生を主導しないのです。彼らは自分の人生を受け入れているのです。だからこそ、彼らは信じるに値し、真実で、面倒見の良い奉仕者のリーダーが必要なのであり、それは彼らをビジネス、教会、政府、メディア/娯楽/芸術、そして教育で高めるのです。


ですから、公的だろうが、個人的であろうがどのようなタイプでも、信頼できる関係を形成する前に人々が知りたいと思う四つの質問について考えるべきなのです。あなたは本当に私が好きですか? あなたは私を助けることができますか? 私はあなたを信頼できますか? あなたは私の人生に価値を付け加えますか?


言い換えるなら、尻尾が犬を吠えて追いかけるか、犬が尻尾を吠えて追いかけるかいずれかでしょうか?


エド・デルフ/Ed Delph/July 18/CCC

Ed Delph/NATIONStrategy

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