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彼らを知るためにもっとできること

  • Writer: Ed Delph
    Ed Delph
  • Jun 19, 2021
  • 5 min read

人生において幾度となく、私たちは自分が理解できない振る舞いをさばいてしまいます。良くあることですが、若い人が、老人を寛大にみるべき対象として見ており、喜ばしいものとは見ていないのです。真実は、より高齢な人よりも若い人々がさらに先を見ることが出来るのは、年寄りに肩車してもらっているからなのです。


今日のお話は、大の人が気づいていない真実で素晴らしいお話です。このお話は、人を裁くことに気を付けるべきであり、お年寄りたちが自分より優れていると気づくまでは、人は注意深くあるべきであるということについての輝かしい例なのです。


このお話はMax Lucadoの素晴らしい本、「The Eye of the Storm」からいただきました。

「それは毎週金曜日の夕方、ほとんどいつものように、太陽が大きなオレンジのようになり、青い海に浸ろうとしている時に起きた。

年老いたEdが彼のお気に入りの埠頭へぶらぶら歩いてきた。彼の骨ばった手に持っていたのは、バケツ一杯のエビだった。Edは埠頭の端まで歩いて行き、そこは彼だけのための場所のようだった。誰一人としておらず、ビーチにいる何人かのジョギングをする人だけだった。埠頭の端に立ち、Edは一人、エビの入ったバケツを手にしながら物思いにふけっていた。


しかし、しばらくすると、一人ではなくなった。空には、何千もの白い点が叫び、鳴き声をさせながら、埠頭の端に立っているやせ細った影に向かって近寄ってきた。そして、何十羽ものカモメが彼を取り囲み、その羽を荒々しく羽ばたかせていた。Edはそこに立って飢えた鳥たちにエビを投げ与えていた。彼がそれをしているときに、もし近くで耳を傾けたなら、私たちはこう彼が微笑みながら言うのを耳にすることが出来た。「ありがとう。ありがとう。」


数分後には、バケツは空になった。しかしEdはそこに居続けた。代わりに、彼はそこに呆然と立ち尽くした。まるで別の場所と時間へ移動したかのように。彼が振り返り、ビーチへと歩いて戻ろうとしたとき、何羽かの鳥が埠頭の上を彼の後をついて、埠頭の端の階段のところまで、ぴょこぴょこ歩いてついてきた。そして彼らもまた、飛んで去って行った。そして年老いたEdは静かにビーチの端まで歩いて行き、その先の自分の家へと向かった。


もし私たちがその埠頭のところに座り、水辺に釣り糸を垂れていたら、Edは何か私の父が言っていたような「滑稽な年老いたアヒル」に見えただろう。あるいは、傍観者にとっては、彼はもう一人の変わり者でしかなく、彼の定められた世の中で迷子になり、カモメにバケツ一杯のエビを与えている人にしか見えなかったであろう。老人は時として奇妙なことをするのであり、少なくとも他人の目にはそうなのである。多くの人は、年老いたエドを、そのフロリダにおいてそう書き留めていたに違いない。それも良いことではない。彼らはEdをもう少し知るべきなのだ。


彼のフルネームはEddie Rickenbacker。彼は第一次世界大戦のヒーローで、第二次大戦にも従軍した。彼のある太平洋の飛行任務において、彼と7人のクルーは墜落したことがあった。奇跡的に、その男たちは墜落事故で生き残り、飛行機から這い出て、救命いかだに乗り込むことが出来た。


Rickenbacker機長と、そのクルーたちは太平洋の荒波の中に数日間漂った。彼らは日差しと戦った。彼らはサメと戦った。何よりも、彼らは飢えと渇きと戦った。8日目には彼らの食料は尽きた。水も食べ物もない。彼らは陸地から何百キロも離れたところにおり、誰も彼らがそこにいることを知らず、更にはまだ生きていることさえも知らなたかった。アメリカ中で毎日、何万人もの人々がEddie Rickenbackerがまだ何とか生きているのではないかと思い、祈っていた。


漂流している男たちは奇跡が必要だった。その日の午後、彼らは簡単な祈りの礼拝の時間を持ち、奇跡を祈った。そして彼らは少し眠ろうとした。Eddieは横たわり、軍服の帽子を鼻の上に乗せ、時がたつのを待った。彼が耳にすることが出来たのは、救命いかだに打ち寄せる波の音だけだった。突然、かれは自分の帽子の上に何かが降りたのに気づいた。それはカモメだった。


年老いたEdは後に、かれは如何にその時、心が静まり返り、次の動きを考えていたのかについて述べている。素早く彼の手を動かし、カモメから鳴き声がした。Eddieは何とかその鳥を捕まえ、首を捕まえた。彼と空腹のクルーたちはそれを食事にしようと考えた。8人の男たちには小さな食事だった。そこで彼らはそれを餌に用いることにした。彼らは魚を捕まえ、それが彼らの食事になり、そして次の魚釣りの餌になった。そのサイクルは続いた。その簡単な生き残りのテクニックにより、24日後に海上で発見され救助されるまで彼らは海の厳しさを生き延びることができた。


Eddie Rickenbackerはその運命の日々の後、何年も生き続けたが、決して最初の生贄であり命をつないだカモメを忘れなかった。そして彼は決して「ありがとう」というのを止めなかった。これが、彼が毎週金曜日の夜に、埠頭の端までエビのたくさん入ったバケツを持って歩いていき、感謝でいっぱいの気持ちでそこにいた理由なのである。」


追伸;Eddie RickenbackerはEastern航空の創立者の一人である。第一次大戦前までは、彼はレーシングカーのドライバーであった、第一次世界大戦では、Eddieはパイロットとなり、アメリカ軍の最初のエースとなった。第二次世界大戦では、彼は戦闘教官となり、軍隊のアドバイザーとなり、戦闘機パイロットたちと共に任務を遂行して飛行した。Eddie Rickenbackerは真のアメリカのヒーローであった。そして今、皆さんは、その勇敢な男たちが、私たちの自由の為に耐え忍んだ試練と犠牲について知ったのである。

皆さんは、バケツ一杯のエビを手にした老人のようなタイプの人を見かけたことはありますか? 彼らを軽視しないでください。彼らの話に耳を傾けてください。そして何よりも、彼らに感謝しましょう。結局、自分は彼らの肩車に乗っているのですから。


エド・デルフ/Ed Delph June 21, 2021, CCC


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