子育て;裏切らない擁護者となり誠実なとりなし手となる
- Ed Delph

- Jun 15, 2019
- 5 min read
最近、マオリ族出身の親しい牧師であるMatai BennettがそのFacebookページに私の目を引く言葉を投稿しました。そこには彼の10代の娘さんとMataiがレストランのテーブルに座っている写真も載っていました。ニュージーランドを指すマオリ族の言葉であるAotearoaの南アルプスを背景に、大きな笑顔をしているのです。
以下がマタイの投稿です。「私は学校の為に先に家に尋ねてきた娘と一緒にランチをしました。私は一緒に特別な時を過ごした娘に愛情を注ぎました。私は話すよりも、耳を傾けることを心掛けて彼女に与えました。『特別な時を共に過ごす』ことと『話すよりも聞くことに重きを置く』ことの二つの要素を与える時、子どもたちにとっては何も特別な指導などはいらないのです。」
マタイはこうづけて述べています。「素晴らしいこともは偶然に生まれないのです。私たちは、子どもに何か肥料を与え、愛し、教えていくのです。教えがなく、境目もないようなことをすると、子どもたちの中に境目を作らなくなります。言葉と行動による愛情がないのなら、他に愛を探し求める子どもを生み出します。子どもに何も肥料を与えなければ、子どもに何も実りがないのです。」私には良い言葉として聞こえます。
決して裏切らない擁護者であり誠実なとりなし手である両親とはどのようなものでしょうか? 子どもたちは一人一人違うので、子育てに関する完全な方程式など存在しないのです。しかし、多くの子どもたちに当てはまる一般的な原則、原理、そしてガイドラインはあるのです。子どもたちとその両親のための考え方について少し思いめぐらしてみましょう。何故でしょうか? 効果的な子育てというのは、両親とその子どもたち両方に易しいものだからです。そして全ての子どもたちは、単に与えられるだけではなく、良い形で導かれる権利があるのです。
聖書の哀歌2:19にあるいくつかの知恵について考えてみましょう。「夜の間、夜の見張りが立つころから、立って大声で叫び、あなたの心を水のように、主の前に注ぎ出せ。主に向かって手を差し上げ、あなたの幼子たちのために祈れ。彼らは、あらゆる街頭で、飢えのために弱り果てている。」つまり、親たちはその恐れを神の前に持っていくことができるのです。全ての家族は、親と子どもの関係において、良くなったり悪くなったりを経験するのです。子育ては怖いことです。しかし、私たち親というものは、懸念と恐れを持ち出し声に出すこともできるのです。神は理解します。神は助言と答えを持っているのです。神は全ての親の祈りを聞いており、神ご自身が親であるがゆえに、特に傷ついている親の祈りをよく聞いているのです。
Word for Today誌には祈りを通して自分の子育ての中に神に入ってもらうためのアドバイスを書いています。「子どもが危機に瀕している時、イエスに向かいましょう。危機が訪れるのを待ってはいけないのです。子どもたちを毎日送り出すように、祝福も送り出しましょう。子どもたちにお休みを伝える時、子どもたちを自分の祈りで覆いましょう。子どもたちが与えられた宿題が出来なくて行き詰った時、子どもたちとそのことで一緒に祈りましょう。子どもたちがこの世のそのおかれているところで、思慮深いセンスを持つことができるように祈り、その次の天における人生でもそうあるように祈りましょう。」
両親の皆さん、このことを実行できるのです! 祈りは神秘的なものです。祈りは普通の事です。子どもたちに祈りの肥料を与えましょう。子どもたちの信仰深いとりなし手になりましょう。多くの場合、親の祈りに対する答えとは、その子どもたちの為に祈る親なのです。
さて、決して裏切らない擁護者とは何かを考えましょう。以下にWord for Today誌からの言葉がもう少しあります。「恐れとは、その子どもたちの友達一人一人の背景事情を確認し、その子どもたちの一刻一刻の行動を確認するという牢獄にある親を閉じ込めてしまうのです。彼らは息苦しく成長し、コミュニケーションを信頼しなくなります。息抜きをする間の無い家族は子どもたちを窒息させるのです。恐れは、さらに過度に寛大な両親を生み出します。子どもたちに過度に敏感になりすぎ甘やかすことは、子どもたちを柵の中に閉じ込め、あるいは密封してしまうことになり、子どもたちは境目の壁を低くしてしまうのです。ハグを多く、教えを少なくすれば、子どもたちは適切な教えが愛の表現だとは理解しないのです。甘やかしすぎる親、こだわりすぎる親とは、意図は良いのですが、子どもたちの未来には必ずしも益になるとは限らないのです。
決して裏切らない擁護者であり、誠実なとりなし手てせある親になるための短い言葉で締めくくらせてください。
非難と共に育ってきた子どもたちは、他人を非難することを身に着ける。敵意と共に育ってきた子どもたちは争うことを身に着ける。恐れと共に育ってきた子どもたちは、周囲の目を気にすることを身に着ける。嫉妬共に育ってきた子どもたちは、後ろめたさを身に着ける。寛大さと共に育ってきた子どもたちは、忍耐を身に着ける。励ましと共に育ってきた子どもたちは、確信を身に着ける。褒めることと共に育ってきた子どもたちは、感謝を学ぶ。
人から認められることで育ってきた子どもたちは、自分を好きになることを身に着ける。表彰されて育ってきた子どもたちは、目標を持つことは良いことだと身に着ける。正直さと共に育ってきた子どもたちは、何が真実かを身に着ける。公平さと共に育ってきた子どもたちは、正義を学ぶ。安心感と共に育ってきた子どもたちは、自身と周囲に対する誠実さを身に着ける。友情と共に育ってきた子どもたちは、世界とは生きるのに良い場所だと学ぶ。今、親であるという時間は、その子どもたちの現在と未来を良くする時間なのです。
両親の皆さん、皆さんはこのために生まれたのです。子を背負う日々においては、一日は長く、しかし年の過ぎるのは早いのです。今、意識をしましょう。今、そこに入りましょう。今、時間を取りましょう。自分を向上させれば、きっと子どもたちも良くなるのです。
エド・デルフ/Ed Delph June 17, 2019 CCC
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