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今起きている事;増幅器が必要なのではなく、明瞭さが必要なのです

  • Writer: Ed Delph
    Ed Delph
  • Jul 11, 2020
  • 6 min read

Updated: Aug 2, 2020


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最近、私は96歳の父親、耳が遠くなりかけている父親と補聴器をどうするかについて話しました。彼は補聴器を嫌っていました。それは、彼の世代にしてみたら、補聴器とは弱さを外に示しているものに他ならないのです。加えて、昨今の補聴器は目立つデザインで、格好も悪いのです。しかし、それらは彼の最も気にしている最大の問題に比べたら小さなジャガイモのようなものなのです。彼は再び明瞭に話を聞きたいのです。

彼はそれを身に着けました。お分かりでしょうか? 同じコンセプトが今の世の中に必要なのです。単に張力だけの話ではなく、文化的に、知性的に、感情的に、信仰的な意味においてもそうなのです。私たちの目に入り、耳に入ることは、すぐに何かに反応し、話の一部を切り取り、罠を仕組もうとたくらんでいる心に支配された世の中が、それを最大ボリュームまでに大きくしてしまうのです。私たちが今日のニュースや問題に対して解説が必要な時に、私たちは大きな声に拡大するアンプのようなものを持っていると言っても過言ではないのです。言い換えるなら、自分が質を備えていないなら、単に量や大きさで勝負しているだけになってしまうのです。今の世の中では、明瞭に澄んでいるものは珍しいのです。

1900年に自分が生まれたと想像してみてください。14歳の誕生日に第一次世界大戦がはじまります。その戦争は18歳の誕生日に終わります。2000万人がその戦争で命を落としました。その年の暮れには、スペイン風邪が世界を襲い、20歳の誕生日まで流行を続けます。その2年間で少なくとも5000万人が世界で命を落とします。そうです。5000万人です。29歳の誕生日には、世界恐慌が始まります。失業率は25%、世界のGDPが27%も減少するのです。それが33歳の誕生日まで続きます。世界の経済と共に国はほとんど破綻状態なのです。

39歳になり第二次世界大戦がはじまっても、ため息はつかないでください。41歳の誕生日には、アメリカ合衆国は第二次世界大戦に加わるのです。39歳から45歳の誕生日の間に、7000万から8500万の人々が戦火の中に消えていったのです。50歳の時、朝鮮戦争がはじまり、500万人が死にました。55歳の時、ベトナム戦争がはじまり、20年続くのです。400万人がその争いの中で消えていったのです。62歳の時、キューバミサイル危機の中での生活となり、冷戦が始まります。私たちが知る通り、この地上の全ての命が消えてもおかしくない状況だったのです。偉大なリーダーたちがそれが起きないようにしていたのです。75歳になってようやくベトナム戦争が終わりました。

1900年生まれの全ての人々の事を考えましょう。どうやって生き延びたのでしょうか? 詩文が子どもだった1985年か、それ以降の事を振り返ると、自分は85歳の祖父母の学校での人生がどれだけ大変だったかを知らないのです。クラスでのいじめなどは取るに足らない話であったのです。10歳の誕生日に自分の欲しいものが手に入らないということは、何であったのでしょうか? それでも、彼らは上記のような出来事を通り抜けて生き延びたのです。自分の抱えている問題が巨大な問題のように見えるかもしれませんが、1900年生まれの人々から見たら、小さな問題の数々にしか見えないのです。私たちには彼らの人生観と経験が必要なのです。

若い人々、もし自分が先代の人々よりも多くの事を知っていると思うなら、それは自分が先代の人々の肩車に乗っているだけでしかないことを知るべきなのです。その世代は自分が完璧でなかったときの世代なのです。彼らは聖人ではありませんでした。彼らは当時の自分の文化のレベルと視点でやり遂げていたのです。もう一度言わせてください。自分が彼らよりも多くを見つめることができるのは、自分が彼らの肩車の上に乗っているからなのです。私たちには彼らの視野というアドバンテージを持っており、例え自分がそれを少し手直ししないといけない部分がそこにあったとしてもです。自分が今、生きている基礎を軽蔑してはならないのです。典型的な思い上がりとは、今日の基準で、先の代を裁き非難することにほかなりません。思い上がりとは、自分の事を多く考える事ではなく、他人の事をほとんど考えないことなのです。

もし自分が先代の貢献(良い意味でも悪い意味でも)を消し去ろうとするなら、自分をより低い位置に引きずり下ろすことになるのです。自分は結局、彼らの視野と歴史の教訓というアドバンデージを失うのです。つまり、自分は彼らと同じ過ちを犯し、ただしその被害者は別の人になるだけなのです。これらの事を自分の視野の中に入れ、保ちましょう。賢くなり、お互いに助け合うのです。新しい世代がその人生の旅路を始めるのにあたっての教訓があります。柵の上にカメを見つけたら、まちがいなくカメは誰かの手を借りてそこに登ったのだ。もう一つの教訓があります。他人の間違いから学べ。二匹目のネズミがチーズを手にするのだ。もし歴史を消し去るなら、他人の間違いから学ぶことはできないのです。

それぞれの世代が先代の基礎の上に成り立っているのです。それぞれの新しい世代はより多くのものを見ることができるようになるのですが、それは先代が未来を与えたからなのです。誰かの肩車の上に乗ることで視野、より良い視界、次に進むべき方向が見えます。歴史を消してはいけないのです。歴史から学ぶのです。自分の今の感覚で嫌いだからと言って、歴史を排除せず、消してはいけないのです。自分がどうやって肉(強さ)を食べ、骨(弱さ)を口から吐き出すのかを、歴史に教えさせるのです。最高のものを手に取り、先人の最高のものの残りをアップグレードするのです。それが知恵と呼ばれるものです。

過去から学び、自分が今を生き延びることができるようにし、未来をアップグレードするのです。過去は道しるべであり、ヒッチハイクをする場所ではないのです。過去は参照すべきものであり、住むべきものではないのです。過去は教師であり、私たちの勝利と過ちを教えてくれるものなのです。もしそれが何真に明確に不正なものであったなら、真の人生の解決によって修正することができるのです。私たちが問題なのではありません。私たちが解決なのです。私たちは歴史を作り、しかし歴史を価値を生み出すものにしていくべきなのです。それには明瞭さが必要であり、増幅するアンプは不要なのです。

イエスは神の国とは、古いものと新しいものの両方からなっていると言いました。私たちはそれから学ぶことができるのです。

エド・デルフ/Ed Delph July 13, 2020, CCC




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