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問題、問題、何故問題だらけ?

  • Writer: Ed Delph
    Ed Delph
  • Oct 23, 2021
  • 5 min read

船が難破し二人の男がある島に漂着した。一人は叫んで泣き始めた。「俺たちは死んでしまう! 俺たちは死んでしまう!食べ物はないし、水もない。俺たちは死んでしまう!」もう一人の男は、ヤシの木に背中を持たれかけ静かに座っており、最初の男はそれに腹を立てた。「あんたはわからないのか? 俺たちは死んでしまうんだぞ!」 二人目の男は答えた。「あんたはわかっちゃいない。私は週に一千万円稼いでいるんだ。」

最初の男は全くあきれ果ててこう言った。「それが何になるというんだ?俺たちは船が難破して、食べ物も水もない島に流れ着いたんだそ。俺たちは死んでしまう。俺たちは死んでしまう!」二人目の男は答えた。「あんたは理解できなかったんだ。私は週に1000万円稼ぎ、その1000を万円を毎週教会に寄付していたんだ。僕の牧師が探しに来るさ。」それが平安というものです。


皆さんはこういうでしょう。「自分は週に1000万円も寄付していない」私は皆さんが読者の島にいると聞いており、私はそこにいません。しかし、私はそこに居たことがあるのですし、皆さんもそうですよね。今のところ、私たちは人生最悪の日々を生き延びています。私は良い日も、そんなに良くない日も、神が私たちと常に一緒にいたことを私は今まで見てきました。もしかしたら、自身の直面している苦難からとうとう抜け出すことが出来たのは、偶然だと思っているかもしれません。しかし、その偶然は神が匿名で隠れていることを選んだ結果かもしれないのです。


皆さんは自分でこう感じたことはありませんか?「問題、問題、なんでこんなに問題だらけ?」皆さんは自分の抱えた問題と厳しい日々が、神とその関係するところへと、まるでそれ以外の方法ではありえないような形で自分を導かれたのではないかと考えたことはありませんか?


以下に、賢いリーダーたちによる問題に関するいくつかの言葉の引用を記します。「問題とは、私たちの自己努力一辺倒の考えをツルハシがコンクリートを砕くように、砕くことが出来る。」「いばらの真ん中にバラを見つける。」「自分がロープの端につかまっている時、神がそこに居ることを発見する。」


箴言14:4はこう書いています。「牛がいなければ飼葉おけはきれいだ。しかし牛の力によって収穫は多くなる。」言葉を変えるなら、牛は汚すのですが、きれいな飼い葉おけを持っていながら牛がいないよりはずっと良いのです。当時、そして農村の文化では、牛は金のようなものです。牛は労働力になります。畑を耕し、牛乳を出し、収穫物を市場に運ぶのです。枚挙にいとまがありません。インドに一度行けば、牛の価値を確信するでしょう。


人生のある場所には、常に好ましくないものがあるものです。しかし肥しがなければ、牛乳もないのです。それが人生の事実なのです。全てが完璧で秩序だっている場所とは、墓地だけなのです。皆さんはSで始まりTで終わる禁句を書いたバンパーステッカーを見たことはありますよね? そのようなことは起こるのです。しかし、それは人生の営みがあることも示しているのです。


どうして肥しを成長に用いずに、汚いと嘆くのでしょうか? 私たちの多くはトンネルの向こうの光は列車だと錯覚しているのです。私たちは時として、数多くの肥やしになる経験の後、ブレーキを修理しに行き修理屋さんからこう言われるような感覚になるのです。「私はあなたの車のブレーキを直せなかったから、クラクションの音を大きくしておきました。」私たちの人生におる苦痛は避けようがありませんが、嘆くかどうかは選択なのです。


人生のカギは、良い時を楽しみ、あまり良くない時に成長することを学ぶのです。人生の悪い時というのは、何か際立った、時として奇跡のようなものを後に生み出すのです。その肥しが草を育て、それを牛が食べて牛乳を出すのです。肥しは出てくるのであり、草は汚れ、しかし自分が生きている限り、ほぼ確実にそれは過ぎ去るのです。ミルクを手に入れましたか?

人生において船が難破して孤島に流れ着いたようなときに、砕け散ったかけらから平安へと至る道があります。以下の通りです。神の技にゆだね、置かれた状況、相手、混乱にどう反応するかを自分でコントロールするのです。神以外の何かに支配されるなら、私たちは環境、人々、混乱のいずれかの操り人形になってしまうのです。自分の困難な時の真ん中において、私はこう自分に言い聞かせたいのです。「自分の人生の選びとして、私は神の言葉が真実だと証明する。」それが人生の絵の中に神を招きいれるのです。


私たちが何か大きなことに直面したら、神と共にそれと相対するのです。それが精神的に強かったダビデがゴリアテと相対した時にしたことなのです。かれは 自分の唯一のものである投石器と五つの石を手にしただけでした。最初に彼が投げた石が、巨大なペリシテ人の額のど真ん中にあたり、かれは倒れたのでするそしてダビデはこう言ったのです。「自分がライオンやクマを倒した時を考えるとゴリアテの方が簡単に倒せた。彼は大きすぎて的は外れなかった。」そしてダビデは言ったのです。「私は単に人生で頭を使っただけさ。」


お分かりでしょう。私たちは砕け散るか、平安を手にするかのいずれかを選べるのです。しかし、人生は公平ではありません。人生は決して思ったようにはならないのです。肥しを出す時があり、牛乳を出すときがあるのです。それを取り扱えば、それが私たちを取り扱うのです。肥しを扱うときに一番よくないのは、自分が持っていた食べ物をもう一度手の中にあるように望むことです。


私の人生の体験は神はまさに困難の時の助け手だったということです。そして私たちは、神の助けを手にするために週に1000万円を稼いで献金する必要はないのです。


エド・デルフ/Ed Delph November 8, 2021. CCC


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